sunmontue wedthrfri sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - |Top ▲

腰痛戦記【11】 1or8?

歴史を辿って書いていくつもりでしたが、ここでまず言っておきたいです。

当時は、腰痛に対して十分な知識のない立場でした。
自分の腰の痛みの原因として『どこが、どうなっているから痛いのか?』
 
なんて、全く解らず、
どうして痛むのかとはっきり診断もされないがまま、なかなか症状が改善しないとなると、言われるままにMRIを撮り、その画像に写った椎間板ヘルニアと言う状態の結果だけに痛みの原因を結びつけられる。
その結果だけに固執して、真実が全く見えていませんでした。
それが(ヘルニアにこだわること)まさか、十年以上も続くとは思いもよらず…。
 
僕が言いたいのは、腰痛で病院に行き、最終的にMRIでヘルニアと診断結果が出たからと言って、
『必ずしも、画像の結果だけが痛みの原因として考えられる訳ではない!』
と、いうことなのです。
つまり、ヘルニアの存在が認められても、痛みを起こしているかどうかは別問題だと言うことです。
痛みの原因をもっと広い視野から分析し、診断するべきではないでしょうか?
 
残念ながら、現在の腰痛に対する診断事情は、患者に真実が見えていないことが多いと思います。
『ヘルニアと言われたから、それが痛みの原因』
そんなに腰痛は単純ではないです。

腰痛は、日常生活における身体の使い方等の肉体的な問題、精神的な問題、全て関わってきます。
ヘルニアと診断されたからと言って、本当の痛みの原因が別にあれば、ヘルニアの治療に専念したところで腰痛は改善しないでしょう。
しかし、ヘルニアがあると解った瞬間から、ブロック注射や牽引と言った対症療法を余儀なくされ、痛みがひどい場合は手術へという流れが現実です。
 
『痛みと上手く付き合ってくしかありませんねぇ』
なんて言葉は聞きたくもありません。
結局、腰痛難民になるだけです。
 
手術に至っては、症状が改善すれば御の字ですが、僕がそうっだったように、痛みの原因が別にある場合、リスクを負って手術を受けても痛みが改善するどころか、悪化したり、再発したりする例もあります。
ヘルニアは椎間板に起きた、身体のストレス反応だと考えられると思います。
言わば、痛みの原因と言うよりも、結果的に起きた状態に過ぎないのではないでしょうか?
ヘルニアができた=痛いのではなく、
なぜヘルニアになるような負荷が椎間板に掛かったのかという経緯に、本当の痛みの原因が存在すると思うのです。
 
僕がそうであったように、結果であるヘルニアのみにとらわれて、安易にブロック注射や手術を施すことは悪化を招いたり、副作用をもたらしたりする危険性もあるようです。
 
僕の場合、本当の痛みの原因はヘルニアではなく筋肉と関節の機能障害が引き起こす、座骨神経痛でした。
腰痛発症から約10年後の痛みのピーク時は、想像を絶する痛みが訪れたのです。
その痛みのピーク時に再び撮ったMRIに写ったヘルニアは、10年前に撮った時よりも大きく飛び出していたのです。
それは、ヘルニアが痛みと比例しているのかと思ってしまう要因にもなりました。

最初に見せられた画像診断ばかりにとらわれて、
【ヘルニアがある=痛み】と思い続けていました。
それはヘルニアがある以上、生涯腰痛に悩まされるという解釈でもあったわけです。
 
しかしどうでしょうか?
ヘルニアが治っていない現在、痛みは消え、もう腰痛に悩まされる事なく、痛みに悩まされる方々のために尽力させて頂いてます。
人並み以上に動くことも可能です。(山をナメるな前編〜後編参照 笑)
 
僕は痛みがピークに達した当時、日々続く痛みに絶えられず、レーザーで椎間板の内部を減圧する手術を受けました。
手術の有効性は80%と診断されましたが、痛みもヘルニアも消すことができませんでした。
消えたのは保険外診療による高額な治療費と、痛みが無くなるという希望でした。 笑
 
通常の内視鏡の手術と違って、ヘルニアをメスで切除するのではなく、椎間板の内部を高熱のレーザー鍼で照射すること(余白をあけてやるようなイメージでしょうか)により、髄核が飛び出した側のヘルニアから神経圧迫を下げることを目的としてるようです。
原理的な説明によれば、椎間板が内部減圧されれば、ヘルニアが神経を圧迫する作用が弱くなるので、痛みも緩和し、照射された椎間板(余白を作った)に飛び出した部分が戻ると言うのです。

しかし手術直後の感覚としては、相変わらず痛いまま。
寝返りもろくに打てず、仰向けで、かかとを5僂曚評紊欧蕕譴燭世韻杷湘靴泙妊咫璽鵝と激痛が突き抜けるのです。
すかさず、これはどういうことですか!?
と、先生に問いました。
しかし返事は
『うーん、いいとこ焼いたんだけどなぁ』でした。
その瞬間、覚悟を決めました。
【こりゃ、もう治らんわ】と。

いちかばちかの、賭けで行った手術なんでしょうか?
ほんの少しの変化も感じられないことに訳が解らなくなりました。
【手術は成功しました!でも痛いでーす】
なのに文句は言ってはいけませーん 笑
なんの意味がありますでしょうか?
本来、少しの効果でも得られるのであれば、ヘルニアが神経を圧迫してるから痛いという考え方も、かなり疑問です。

日にちが経っても痛みが全く引かず、手術をされた医者にすがっても『神経ブロック注射を打ちましょうか』と言われる始末。
最終手段と思って受けた手術だが、これでは本末転倒である。
 
その後、痛みは【更に悪化】して行き、職場への復帰も目途が立てられず、解雇も覚悟せざるを得ませんでした。
常に激痛の不快感がまとわりつくので、もう身の回りの管理をするのさえ嫌になってしまうほどでした。

                  
                  つづく…
| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

支援金ありがとうございます

先月の東日本大震災から一ヶ月が経ちました。
各地で復興支援のために、チャリティーが行われ、日本中が共感しあい、ひとつのことに向かう姿勢は素晴らしいことだと思います。
 
アポロヒーリングセンター春日井店でも募金運動をさせて頂いておりますが、
3/14〜4/6までで、お客様方々とスタッフ一同から¥47000集まりました。
お客様のご提案で(信用問題等…)、新聞に掲載されるとのことで、
4/8に中日新聞へ支援金を寄託して参りました。
 
皆様の暖かいご協力ありがとうございます。
| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

腰痛戦記【10】 許せない一言

地元に帰ることにしていました。
祖母と母親が同じく伝統芸能をしているので、地元に活動拠点を置いた方が良いと思いましたし、地元である愛知県の方が性にあってるんです。
 
何よりも腰痛が不安で、一人で悩みたくないのが本音でした。
 
地元に帰ってからは、大学で学んだ音楽でやって行きたいという気持ちが強かったので、就職せずにバイトを考えていました。
もちろん、腰痛持ちでも出来そうなバイトを選ばざるを得なかったので、学生時代にも経験したコンビニで務めることにしました。
 
では、腰痛はどうしたらいいのか?
もう一度、腰を据えて治療に挑むことにしたのです。
 
自宅から近い大府市のC病院で、父親が以前に頸椎の手術をしたことがあるそうで、当時そちらにいたH先生が名医だと聞き、僕も診てもらうことにしました。
 
まず初診で腰痛からヘルニアになった経緯を話し、軽く身体の動きをテストされました。
すると、H先生は、
『動けるじゃん、何を治す必用があるの?』
と、冷たく言い放ちました。
 
これには、あっけにとられました。
と、言うより恥ずかしい気持ちにさせられました。
【このぐらいのことで、おまえは何しに来たんだ?】
とさえ解釈しうる言葉です。
痛みに悩んで、ここまで来た人間に向かって医者が言う言葉でしょうか?
ましてや、ここで治療を受けた父親と同行で来たと言うのに。

交通事故から半年以上経過しても痛みの抜けない僕には、受け入れてもらえないという待遇は辛い出来事でした。
一人の医師の心ない発言で、腰痛を馬鹿にされた気分です。
しかし、治してくれそうな場所を探さなければならない。
 
整形外科に限らず、腰痛に良い治療機関があると言う話には、積極的に耳を傾けました。
どこに行けばいいものか、完全に分からない状態に追いやられてしまってるのです。
 
どの病院に行っても同じ事。
結局、痛みを根本的に治すようなことではなく、対症療法のような処置しかしてくれない。
ヘルニアだと解っているのに、再びレントゲンを撮り、リハビリして、痛み止めの薬をもらうだけ。
この堂々巡りに気付かず、ひたすら使命感のように通ってしまう自分が虚しい。
しかし、そうするしかありませんでした。
正しいことなんて解りませんでした。


                 
                   つづく…
| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

情けは人のためならず

日本が大ピンチだ。
先日の大震災で、一瞬のうちに多くの命が奪われ、被災地域では多くの人が苦し
んでいる。
想像を絶する地獄なんだろう。


自分は同じ日本人として 何もできないのか? 関係ないと言って知らんふりをしてていいのだろうか? 先日、ご来店されたAさんのご提案で、アポロヒーリングセンターでも東日本大 震災の募金運動を始めた。 身を持って最初の支援者として、即行動で示して下さったAさんに大切なことを 教えられた気がした。 その後、いらっしゃる多くのお客様が、今も義援金を寄附して下さってます。 本当によいお客様に支えられている実感があります。 ご自分の身体のケアだけでも、大変な思いでいらっしゃるのに、皆さん、寛大 な心をお持ちです。 僕も続いて寄附させて頂きました。 もしも僕が地震の被災地域に住んでいて、生き残っていたなら、間違いなく顔も 知らない多くの誰かの助けを受けることになるでしょう。 困った時はお互い様と言いますが、人に支えられて生きている以上、自分の為で もある訳ですね。
他人事には思えません。
 
今日も、生かして頂いてありがとうございます。
| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

宝の地図

以前も触れたが、休日をたまに利用して山登りをしている。


2月のある日のこと。


取り敢えず冬季のうちに、積雪の御在所岳に登っておこうと思い、早朝から
ひとり車を走らせた。 ノーマルタイヤで登山口まで行けるかどーか不安だったが、車道は幸い凍結
しておらず、山は僕を受け入れてくれた。 登山口付近に車を止めると、隣の車に年輩の男性が忘れ物を取りに戻ってく
るところだった。 軽く挨拶を交わし、どのルートから登るか尋ねてみると、【裏道】から登る
とおっしゃる。 積雪時の登山は危険度も増すので、単独アタックで無理をするよりも、同行
してもよいかお願いしてみた。 すると男性は 『母ちゃんおるけどええ?』 と、小指を立てながら気さくに答えてくれた。 同行して下さったご夫婦は地元、四日市の方で、ご主人は御歳72歳と言う。 多い時で月に8回も鈴鹿の山々に登るらしく、その歳にして、なんとも健脚
なご夫婦だ。 登山口に入ると、最初から雪があり、しばらく歩くと本格的に積雪してきた
のでアイゼンを装着する。 ご夫婦は数十年間、鈴鹿山脈の登山経験があるだけに、山岳ガイドさんのよ
うに話をして下さった。 身の上話などを交わしながら会話も弾み、徐々に標高を上げて行く。 終始、親切にして下さり、途中休憩の時も家族のように接して下さった。 雪山を登る中、ご主人の背中を見ながらふと思った。 自分の両親とでは、こんな経験この先できないだろうと、なんとなく寂しい
気持ちになった。

やがて山頂に着き、一息入れると、ご夫婦はピストンで下りられるとおっし
ゃったので、まだ身体を動かし足りない僕は別れを告げ、峠へ向かい歩きだ
した。 目指すは鎌ヵ岳。 しかし進めども、あまりにも雪が深くなってきて、前進するのに難渋する
(ーー;) すると、向こうから断念して戻ってくる登山客と出会った。 やはりこの積雪では、あまり踏まれてない稜線を行くのは厳しいようだ。 悔しいが山頂に戻り、登りとは別ルートの【中道】で下り始めた。 やがてキレットに着き、所々、雪肌になった岩壁をやや緊張しながら鎖を握
りしめ登る。 しばらく進むと、やっと下りで一人目の登山客に会った。 こちらの男性は御在所岳に訪れたのは初めてとおっしゃった。 しかし会話を交わしていくと、この方は日本の山だけに留まらず、世界の山
々を登る本格的な登山家だったのだ。 愛知県へ仕事の出張で来られたそうで、ついでに御在所岳にも訪れたという。 東京にお住まいとおっしゃったので、自分も学生の頃、練馬区上石神井の東
京芸大寮に住んでたことを話した。 すると、この方は偶然にも上石神井にご在住で、芸大寮の前は定番の散歩コ
ースだとおっしゃるのだw(゜o゜)w ひょんなことで話題が一致して、話をいろいろ伺うと、過去には八千メートル
級の山(チョーオユー)にも登ってこられたと言う。 これは間違いなく筋金入りの人だと確信し、 『遠方にお住まいでなければ、弟子入りしたいくらいですよ』 なんて冗談も言いたくなった 笑 世界の山々を登ってらっしゃるのに、 『この御在所岳の中道は本当にいいルートだよ』 とおっしゃったことには、
親しみが持てた。 そして時折、メモ帳に何やら記されてるので伺うと、ご自身の登山記録を記
したホームページがあるとのことで、ホームページ名を教えて頂いた。 下山し終え、車に戻ると、登りで同行して下さったご夫婦が片付けをされて
るところだった。 お礼を告げると、ご主人が 『アンちゃん、腰痛のええ治療院やったら、教えといてくれやぁ』 と、おっしゃるので、ちゃっかり宣伝してきた(^^) このご夫婦に限って、腰痛になるようなことは恐らくないだろうと思いつつ
… 笑 そして別れ際にご主人が、 『わしら、ここらはよう登るで、アンちゃんまたどっかで会おうな』 と、ご夫婦がよく登ると言う、釈迦ヵ岳周辺の山岳地図を渡してくれた。
その笑顔は最高に素敵だった。 (もうほとんど泣きそうである…涙)
いつかまた会いましょう。必ず(゜-゜) そして後日、教えて頂いたホームページを拝見すると、この日の記録がアッ
プされており、僕のことに少しだけ触れてくれてるのを読んで、思わずニヤ
ついてしまったのは言うまでもありましぇん 笑

 

世界を股に掛ける登山家、栗本俊和さんのHP
| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

右向け〜 右!

 みなさんは右か左に振り向いた時、どちらが向きやすいでしょうか?

左右均等にバランスが取れてる方の場合、そんなことを意識したことはないと思います。

僕は右の方が向きにくいです(-_-;)
幼い頃、バキバキ鳴らす整体の先生に、右を向いて寝る癖をつけるようにと言われました。

とは言っても、仰向けに寝た場合、向きにくい方向へは向いてられません。
ですから、うつぶせで右を向いて寝るように指導されたのです。(強引だ…)

では、これを実践していけば左右均等に向けるようになるでしょうか?


答えはNOです。

それを信じて(右を向いて寝る)、幼い頃から時々、実践してきましたが、改善しませんでした。

なぜか?

向きにくい方向側の筋肉が短縮してしまってるのです。
縮んで硬くなった(短縮した)筋肉を右に向くことによって、更に縮めることは無理な訳です。

ヒトの身体は、短縮した側の筋肉を無意識に延ばしたいように出来てます。
筋肉が短縮して、痛みやコリがある場合、そこを延ばした方が楽だからです。
これを疼痛抑制姿勢と言います。

例えば腰痛や座骨神経痛で、左側の腰や下肢が痛む場合、右に向かって前かがみに身体が歪んだりします。
筋肉の短縮痛から、身体を歪ませることにより、痛みを抑制してる訳です。

イスに座って足を組んだりするのも、短縮してる側の臀部の筋肉を延ばしたいがゆえの行為なのです。         
右の臀筋が延ばしたければ、右足を上にして無意識に足を組んでしまうと言った具合です。

しかし足を組むのは止めた方がいいです。
足を組むと骨盤が歪みます。
では骨盤が歪むとどうなるか?

顔が歪みます(-.-)

少し話が逸れましたが、右側で筋肉の短縮を起こしてる僕の首の場合は、右を延ばしたいから左の方が向きやすくなる訳です。

では右を向けるようにするためにはどうするか?

FOA矯正では、向きやすい左方向へ、より向けるようにすることで、右を向く時の可動域を広げます。
向きやすい左に顔を向かせ、右側の後頭下筋群(上部頚椎付近の筋肉)を延ばした状態で、カウンターストレッチを効かせ、収縮した右側の筋肉を緩めていく訳です。
そうすると、左右向ける可動域にバランスが取れてきます。

しかーし!

顔を左右に向ける動作の可動域に影響を及ぼすのは、後頭下筋群だけの問題にあらず!
だったのです。

と言うのは、先日のことです。
休憩時間に入る前に柘植先生が
『久米くんは右と左、どっちが向きやすい?』
と、おっしゃいました。

左が向きやすく、右が向きにくいですと答えると、何やら頭部の筋肉への矯正が始まりました。

頭部の筋肉と言っても、頭蓋を構成する骨に着く頭蓋表筋(前頭筋、側頭筋、後頭筋等からなる)全面です。
わかりやすく言えば、髪が生えてくる表皮の筋肉全面ですね。

両手の平と指を使い、FOAのカウンターストレッチ&ユラシで側頭筋を中心に、念入りに頭蓋表筋全体を緩めて下さいました。

そうすると…

後頭部下部と首に着く筋肉へは一切触れてもらってないのに、顔が楽に右へ向けるようになったんです!
うつぶせで右を向いても、抵抗感がなくなりました。

これには感動しました。
首の可動域には頭のコリ がかなり影響していたようです。

柘植先生いわく、
『頭の筋肉はパーツとしてデカイから重要なんだよ』
とのことです。

頭部の筋肉と上部頚椎の筋肉は連動してるので、首だけ緩めても頭がコっていたら効果が十分に得られないということなんでしょう。

少し意識して、ご自分の頭を触るとわかると思いますが、硬い部分や形がいびつになってる部分があるかも知れません。

それが頭の筋肉のコリとなって首の動きを制限している可能性があります。
頭のコリができる原因としては、咀嚼する筋肉に問題があったりします。

日常生活において、食事の際、片側の顎だけで咀嚼したり、外部からストレスを受けた時などに、無意識に顎を食いしばったりすると(我慢や怒りで)咬筋、側頭筋がコリを起こします。

これが頭のコリにつながったりする訳です。

身体の使い方は勿論、感情の持ち方も筋肉の状態と深く関係性があります。
和やかに生きるのは大変な世の中ではありますが、頭はかたいより、やわらかい方がいろんな意味で良いのです 笑



柘植先生のスーパー頭部矯正を受けたい方はこちらへ!

| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

どうかしてるぜ!!

 ここのところ、
矯正中の身体の使い方が原因なのか、身体を故障させてしまいがちです(:_;)

最初は右手の手首に痛みを感じるようになり、うつ伏せの矯正中、受け手のお客様の膝を手の平で保持するような体位の時に、嫌ゃ〜な痛みがキヤッと手首に走り、軸圧が掛けられず円筒が上手く出来なくなってしまいました。

同じ場面で、必ず痛みが走るので、かなりキツイ 状態を我慢しての施術を毎回することに。

数日経っても、一行に改善しないので(使ってりゃ当たり前か…)、
いよいよ柘植先生に診て頂いたのです。

右手首をパッと触られた瞬間。
『壊れてるじゃん』
…と、先生。

手の平の靭帯や手根骨の 矯正から始まり、腕の靭帯から関節まで、痛みや稼動域の回復を確認しながら原因を追求しつつ、細かく矯正して下さいました。

すると、その場では少し痛みが残ったものの、数日で痛みは消失して行ったのです。

これで気に病むことなく、矯正できると喜んでいた矢先、この前の休日の朝、目が覚めると今度は右の肩甲骨の辺りが痛い…。(-_-;)

奥の方で根深くズキンとする感じです。
上を向く、下を向く、右を向く、全ての動作で、肩甲骨の根本辺りが首を動かすと痛い。
今までになったことのない類の、嫌な痛みでした。

筋肉の過緊張が突然訪れたのだろうか、一難去ってまた一難^^;

今回は、自分の手も届き難い部分が痛くなってしまったので、取り敢えず、筋肉の短縮痛を温めて柔軟にしに行こうと、温泉に行くことに決めました。

岩盤浴なんかも、意外に肩コリが楽になったりするんですよ。

しかし、ただ温泉に行くだけでは物足りないと思ったボクちん。
せっかくなら、いい汗かいてから温泉へ行った方が最高だと思い、痛いけど豊田市の猿投山へレッツゴー♪(どうかしてるぜっ!!)

やはり登山はいい。
単独行でも、充実した楽しさがある。
天気にも恵まれたのですが、山頂に近づくにつれ、積雪がありました。

アイゼンを装着してサクサクと雪の感触を楽しんで歩くと、あっと言うまに山頂へ。

山頂からは、豊田の七滝まで巡る、長めの周回コースをたどり、ガッツリと半日歩いてきました。
さてその後は、いよいよ楽しみにしていた温泉へ。

豊田にも最近オープンした、竜泉寺の湯にしました。
岩盤浴が設備されており、低料金で長時間くつろげるということで即決。
温泉と岩盤浴を交互に、約4時間ほどは滞在したでしょうか、かなりのリラックスになりました。

しかーし!
肩甲骨の奥の方の痛みと言えば…
筋肉がほぐれてきても、相変わらず痛い。

これは関節が機能障害を起こしてるなと思い、入浴中も胸椎3、4番辺りを自ら矯正しようとするが、背面なので上手く指が届き難く、正しい方向にテンションが掛けられない(T_T)

取り敢えず痛いまま、帰宅し、一夜寝るが、翌朝まだ痛い。
かなり根深いところで痛みが疼く。
例えると肩甲骨の付け根の奥深くに、強力な魔物が潜んでいる感じ。
(例えになってねぇっつーの)

痛みの位置からして、胸椎と肋骨の連結部に位置する肋椎関節(背中側の関節です)
が離開してるんじゃないかと頭によぎる。

となると、関節矯正をしないことには痛みからの開放には時間がかかるだろう。


通勤中、不安なままアポロへ向かいました。
この痛みを抱えての、施術はさすがにキツい…
出勤すると、柘植先生に再び助けを乞いましたm(__)m

すぐに診て下さり、やはり肋椎関節が剥がれていると言われました。
胸椎の横突起と、その関節面である肋骨結節が、離開してしまってる訳です。

この関節障害が起きると、肩コリはもちろん、首を動かしたときのズキンとした痛みの発生、呼吸が浅くなったりもします。
柘植先生いわく、首のギックリみたいなものだそうです。


手首の痛みをかばっての矯正を続けたせいか、円筒による体重移動が上手くできず、力でフォローするような身体の使い方をしていたんでしょう。
背中に無理な負担をかけて関節障害につながったようです。

しかし、趣味の悪い痛みだぜ…

午前と午後、二回に分けて柘植先生に矯正をして頂くと、かなり痛みが和らぎました。
その後は、自分でできる矯正法を見いだし、少し楽になってきた今日この頃です Y(^O^)


似たような症状でお困りの方は、胸椎の硬さが関節の機能障害を起こし、痛むのかも知れせん。

みなさんも、ある日起きたらギックリ首に!?(>_<)  
なんてことにならないよう気をつけて下さい。



アポロに来ないなんて、どうかしてるぜ!!
| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

ギックリしたなぁ、もう

 ここのところ、ギックリ腰で来院される方が多発しております。

一月の下旬頃に入ってから、ギックリ腰で来られたお客様が、既に約15名ほどにも上ります。

季節的な原因が第一だと思われますが、ここのところの急激な寒さの変化に、皆さん、恐らく身体が対応できなくなってるのではないでしょうか?

寒いのは、なにかと身体に良くないことが多い訳です。
寒いと身体が震えたり、無意識の間にリキんで、身体を硬くしたりします。

この時に、ストレスを感じとり、筋肉が過度の緊張を起こしたりする訳です。
腰痛や、肩コリは外部からの不快感に対する、ストレス反応でもあるわけです。

ストレスには物質的ストレスと神経的ストレスとあるのですが、寒さのため身を縮こませたり、顔や頭に冷たい風が直撃する不快感等も筋肉を硬くする原因になるでしょう。
寒さやストレスで、骨盤やお腹周辺の柔軟だった筋肉が過緊張を起こし、硬くなるとどうなるか…


関節を壊します。

本来あるべき、位置から骨が動いてしまうことにより、関節が開いたり、剥がれたりするような障害を起こす訳です。

この時に突発的に起こる、炎症による激しい痛みがギックリ腰の症状として表れたりするのです。
つまり、腰の捻挫ですね。
筋肉の硬結は、関節の構造に対して譲ることはありません。

ですから、なるべく筋肉は硬くさせず、柔軟な方が良い訳です。

ギックリ腰の場合、安静にしていれば、ほっといても痛みが治まることもあります。

ただ、ここで気をつけて頂きたいのは、痛みが無くなるのと、治ったのとは別だと言うことです。

激しい炎症の痛みが引き、筋肉が緩んで身体が動けるようになっても、壊れた関節はそのままの状態なんです。

これをきちんと矯正しておかないと、再びギックリ腰を起こす要員を放置したままな訳です。
言わば、関節矯正はネジを絞めてあげるようなイメージですね 笑

ギックリ腰を繰り返すと、座骨神経痛になったりする恐れもあります。

ギックリ腰を度々繰り返されてる方は、関節が緩んでいる可能性が考えられますので、いま現在痛みが無くても、一度きちんと手直ししとくとよいでしょう。

FOA矯正ではギックリ腰の方でも、なるべく痛みを伴わないよう、筋肉を緩め、関節矯正をしやすくしてから施術を行います。
炎症痛のひどい方や筋肉が冷えてる方には、太陽光線治療器(これが気持ちいいんでーす)で患部を暖め、痛みを緩和することも行ってます。

アポロヒーリングセンターでは、急に痛くなってしまった方の場合、当日でも可能な限り、できるだけ対応させて頂くようにしております。


もうしばらく寒い季節が続きます。

皆さん、ギックリ腰のメカニズムを゛理解″し、関節を゛離開″しないように気をつけてお過ごし下さい♪
(またくだらんダジャレでシメやがって…(-_-メ))笑



アポロヒーリングセンター春日井のHP
| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

人にやさしく

 先日の日曜日から月曜日にかけて、連日で愛知県も結構な雪が降った。

ここ最近になってから愛車の調子が悪かったので、この休日を利用して、修理に出そうと思って出掛けたのだ。

しかし、ここからが、まさか半日がかりに及ぶトラブルの始まりとなるなんて、思いもよらなかったのだ…

今月に入ってから、車のクラッチペダルの踏み込む感覚に違和感があり、シフトレバーの入り方もスムーズに行えなくなってきていた。

クラッチ盤は2年ほど前に交換済みで、クラッチすべりしてる感じでもないのだが、クラッチの切れが何となく悪い。             
似たような症状をいろいろと調べてみると、どうやらクラッチフルード漏れを起こしているらしく、クラッチの油圧が効かなくなってきている様子だと解ってきた。

わかった以上、早く修理したいので、朝から少し雪がちらつく中、修理屋に向かった。

しかーし!

自宅を出発して数分の地点で、走行中にシフトチェンジ不能になり、クラッチペダルの踏みごたえもスカスカに、かなり危険な状態なので急遽停車させることに。

どうやら悪化の進行が著しく早かったようだ。
もはや、クラッチも完全に切れず、シフトレバーが動かないので自走はできない。

路肩に寄せて、どーしたものかと手順を考えていると突然…!(゜o゜)!?


後方から走行してきた車が、アイスバーンに滑り、反対車線の側溝に勢いよく落ちてしまったのだ。
結構、スピードも出ていたので、車体の右半分が かなり傾斜した状態で側溝にハマりこんでしまっている。

これはヤバイんじゃないかと駆け寄ると、運転手の中年男性は無事なようだった。 
運転席側のドアからは出られないので、助手席から救出すると、ケガはなく無事なようだ。

自分の車が走行不能で、すぐにでも手を打ちたいが、この状況ではそうも言ってられない。

外は寒く、ハマった車を救出するレッカーが来るまで1時間ほどかかるようなので、男性を自分の車に乗せて待つ。

ボクの車が走行不能な理由を男性に話し、カー用品店でクラッチフルードを入手すれば応急処置で、走行可能になるかも知れないことを説明した。
しばらく会話をしながら待っていると、レッカーが来た。

その間にも通過する何台かの車が、アイスバーンによる事故スレスレの危険状況になるのを目の当たりにすることになる。(>_<)

男性とはここで別れ、雪がふぶく中、徒歩で最寄りのホームセンターへ向かった。
とは言え、4、50分ほどの距離だ(+_+)

クラッチフルードを購入し、レジを離れようとした際、…まさか(゜o゜)?


『買えましたか!?』の声。
振り向くと、先ほどの男性だった。

ボクがここに来ることを見込んで、救出された車を走らせ、駆け付けてくれたのだ。
車の足回りの損傷が気掛かりだったが、幸い大きな故障はなかったようである。

『ここにいらっしゃっるかと思って…、車まで送りますよ!』 と、男性がおっしゃる。
正直、驚いた。

どこを走っても雪で危険な状況になりつつある中、誠意を見せてくれたのだ。

『歩くから大丈夫ですよ。』
『大変な思いをされた訳ですから、帰宅してゆっくりして下さい。』:僕
気持ちだけで十分だった。

しかし、
『困った時はお互い様なんで、どうぞ乗って下さい。』:男性
思いやりの込もった、必死な表情だった。

気持ちに応えるべく、自分の車の近くまで乗せて頂き、礼を告げ別れた。


ボンネットを開け、雪が降り続く中、さあ作業開始だ。
案の定、クラッチフルードが空になっている。
クラッチフルードを足して、ペダルを何度もポンピングする。

が…、
フルードの水位が一向に下がらない。
応急処置が上手くいけば、フルードの水位が徐々に下がり、油圧が効き始め、ポンピングするペダルの踏みごたえが戻ってくるハズだった。

しかーし!

どーやら手遅れのようだ。
クラッチフルードを循環させる部品が、経年劣化で完全に破損しているようなのだ。
とゆーことは…


ボクちんもレッカー決定〜(*_*)

しかし、この降り続く雪のため、アチコチでトラブルが発生しているらしく、僕の車の救援までは3時間待ちの判定が下された(´〜`;)

幸い、家まで歩ける距離なので、帰宅して積載車を待つこと数時間。
すると救済に来てくれたのは、今朝の男性の車を引き上げてくれたお兄ちゃんだった。

この辺りで起きた、雪によるトラブルをいくつか処理してきての到着だった。

お兄さんは雪の中、慣れた手順で淡々と僕の車を積載車に載せていく。
車のトラブルを救済するのは大変な仕事だ。

修理屋まで車を運んでもらい、お兄さんに礼を言い、去ろうとすると、

『お帰りは、どうされるんですか?』
とおっしゃる。

『歩きます』(゜-゜):僕
もとより、そのつもりだ。

『こんな雪の中を歩いたら死んじゃいますよぉ、送りますから。』:お兄さん

いやいや(鍛え方が違うんで、死なないですけどぉ…笑)と思いつつも非常にありがたい。

本来、車を運ぶまでが彼の仕事なのだ。
仕事の枠を越えた、個人的な御好意に、思わず胸を打たれた。

自宅に送ってもらう途中、早速、お兄さんに次の仕事の電話が鳴る。
いやはや、ご苦労様である。(あんたはヒーローだ★)


夕方頃、帰宅してホッと一息する。
朝から大変な日になったが、人の優しさを感じられた良い日でもあった。

困った時は、お互い様。

今日、人から受けた親切は、自分の仕事で返済しようと思った。


ありがとうございます。



看板もリニューアルしたよ!アポロヒーリングセンター春日井支部よろしく

| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲

腰痛戦記【9】 現実を受け入れろ

ヘルニアについて自分でいろいろ調べると、更に気持ちが下に向いていったのです。

その理由には症状が重い場合に手術が必要であることや、ヘルニアを患っている方々の、壮絶な体験談を読めば読むほど恐怖心を煽られました。
目も避けたくなるような激痛体験談や手術後の入院体験談は、自分の立場に置き換えたら、とても耐えられなさそうな内容ばかりでした。(わりと恐がり…笑)
 
頼むから自分の腰は、そんな風に悪化しないでくれ。
まるで爆弾でも抱えたような気になって、そこまでひどくもないのに、先のことを気にして不安になりました。 笑

そして、自分がヘルニア患者になってしまったと認識しての日々が始まる訳です。
 
 
自分が腰椎椎間板ヘルニアと診断された事を保険屋に告げると、症状固定の診断結果で示談してくれと迫られました。

ヘルニアと分かった瞬間これです…。
そんなことを催促する前に、申し訳なかったという気持ちを嘘でも全面的に出すのが仕事じゃないんですか!?
この事故が原因で、一生腰痛を抱えるかもしれなくなった人間を相手に、金で解決して、さっさと終わらせたい雰囲気が伝わってきました。

もう限界です…
 
オーバーですが、こんな理不尽を受け入れるくらいなら加害者と保険屋もろとも刺し違えて、全て終わりにしてやろうかと思ったほどです。
 
 
示談金の交渉は職業経験上、保険の知識がある父親にお願いしました。
『おまえの事故の示談金は○○万だと、これでも金額を引き上げてやったんだぞ。』
父親に伝えられた金額を聞いて、正直十分だとは思いませんでした。

一生の症状に対しての処置がこれか…
自分の気持ちが腑に落ちるまで、随分と父親を相手に議論を重ねました。

どうしても気に入らなかったのは、事故で衝突してきた相手が僕の診断結果を知ってか知らずか、どこかでのうのうと暮らしていること。

痛みを堪えるたびに、相手の顔が脳裏に浮かぶ訳です。
肉体的に病むと、精神的にも病むものです。

何度も言いますが、心が腐っていました…。
 
そんな中でも月日は経ち、学業もなんとかこなしていきました。
そして、いよいよ卒業を迎え、腰痛は未解決のまま、東京を後にすることとなるのです。 
| comments(0) | trackbacks(0) |Top ▲
| 1/4 page | >>